こんにちは管理人のみつまめです。
なぜ子どもから目を離したのか~また繰り返された幼い命の危機~
またしても、幼い子どもの安否が心配される痛ましい出来事が起きてしまった。
鹿児島県霧島市の温泉施設で21日、5歳の男児が行方不明になるという痛ましい出来事が起きた。報道によると、男児は両親とともに入浴していたものの、その後姿が見えなくなったという。浴室の窓から外へ出て近くの川に転落した可能性もあるとして、警察や消防など約120人態勢で懸命の捜索が続けられている。
このニュースに接し、みつまめ以外の多くの人が同じ疑問を抱いたのではないだろうか。
親として、「なぜ目を離したのか」・「なぜ子どものそばを離れたのか」
もちろん、子育てを経験した人なら誰でも分かる。親は24時間ずっと子どもを見続けることはできない。ほんの数秒、ほんの数分の隙が生まれることもある。
しかし、そのわずかな時間に事故は起きる。
子供は何をするか分からない、そして親が考えられない想定外の行動をするのが子供だ。
これまでも、駐車場での事故、川や海での水難事故、商業施設での行方不明、車内への置き去り事故など、多くの悲劇が繰り返されてきた。その多くに共通しているのは、「少しだけ目を離した」という状況だ。
その一瞬が命取りになる。
大人にとって危険に見える場所でも、子どもにとっては興味の対象でしかない。
窓があれば外を見たくなる。
川があれば近づきたくなる。
知らない場所なら探検したくなる。
それが子どもだ。
だからこそ、大人は「うちの子は大丈夫」という思い込みを捨てなければならない。
事故が起きた後で責任を追及することは簡単だ。しかし、それだけでは同じ悲劇を防ぐことはできない。親だけでなく、施設側も「子どもが簡単に外へ出られない構造になっていたのか」「危険箇所への対策は十分だったのか」を検証する必要があるだろう。
何より今は、男児の無事を祈るばかりである。
家族の胸中を思うと、言葉が見つからない。
そして私たち一人ひとりも、繰り返しになるが、この出来事を他人事として片付けてはいけないと思う。子どもの事故は特別な家庭だけに起こるものではない。ほんの少しの油断が、取り返しのつかない結果につながることがある。
「なぜ目を離したのか」
その問いは、ご家族を責めるためではなく、二度と同じ悲劇を繰り返さないために、社会全体で考え続けなければならない問いなのだと思う。

★一日も早く元気な姿でご両親のもとへ戻られることを、ただただ心から願うばかりである。




