こんにちは管理人のみつまめです。
ようやく謎の咳が治まってきた(@^^)/~~~
薬は、やはり飲んだほうがいい(;^_^A
で、最近各地でクマの出没報道が多くなってきた(;^_^A
なぜ市中までにも出没してきたのか、一度立ち止まって考えてみた・・・
最近、全国各地でクマの出没が相次いでいる。
観光地・住宅街や学校の近く、さらには市街地で目撃されるケースも増え、多くの人が不安を感じてきている。
海を泳ぐクマの姿も報道されている。
もちろん、人の命や安全が最優先だ。クマによる被害が発生すれば、地域社会に大きな衝撃を与える。
しかし一方で、みつまめが勝手きままに、少しだけクマの立場になって考えてみると、違った景色も見えてきた。
もしクマが話せるなら、こんな言葉を口にするかもしれない。
・(クマ)俺たちも人間社会には足を踏み入れたくはない
・(クマ)腹が減ってはどうしようもない
・(クマ)生きるためには命を張ってまでも人間社会に飛び込んでいかなければいけない・・・
と勝手に妄想してみた。
たしかに近年、森林環境の変化や異常気象、ドングリなど木の実の不作、森林伐採など、クマを取り巻く環境も大きく変わってきている。いやクマ以外の動物たちの生活環境を破壊する人間ファーストの考え方が優先されてきているのも事実だ。
要は動物たちの住みやすい環境が破壊されてきているのだ。
そして自然界のゆがみも気になるところだ(;^_^A
地球温暖化・自然災害の増加・そして生態系の変化
かつて人と自然の間には「里山」という緩衝地帯があった。しかし、その境界線が曖昧になり、人間の生活圏と野生動物の生息域が近づいてしまった結果、クマもまた生きる場所を失いつつあるのも事実だ。
だからといって、人身被害を容認することはできない。
危険なクマへの適切な対応が必要だ。
この適切な対応がまた難しい。
「なぜクマが人里へ降りてくるのか」という根本的な原因にも目を向ける必要がある。
クマの出没問題は、単なる動物被害ではないはず。
人間社会と自然とのバランスが崩れ始めていることを知らせる警鐘なのかもしれない。
人間にも生きる権利があり、逆にクマにも生きる権利がある。
共存という考えだ・・
その両方を守るためには、感情論だけではなく、自然環境の保全や生息地管理、地域ぐるみの対策を進めていくことが求めらるはずだ。
クマが安心して山で暮らせる環境を取り戻すこと。
それが結果として、人間の安全を守ることにもつながる。
クマの姿を見て恐れるだけではなく、「なぜそこに現れたのか」を考えることが、人と自然が共に生きる未来への第一歩なのかもしれない。
そして今年も冬にかけこれからも多くのクマが出没されるだろう。
まずは身の安全をもって行動すべしだ。
クマの被害で命をおとされた方も多くいることを承知の上で、さらなる被害が広がらないよう、今回ブログを公開させていただいた。
犠牲となられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
合掌





