297回 秘みつのまめ園~毎日が筋肉痛~人類の壮大な宇宙計画にあっぱれだ(@^^)/~~~

こんにちは管理人のみつまめです。

今朝の産経新聞の「産経抄」に興味深いというか未知との遭遇というほどの壮大な計画が進んでいることを記事で知った。

宇宙の無限の世界に挑戦している日本の科学者には頭が下がる。

みつまめの頭では到底ついていけない(;^_^A

あっぱれだ(@^^)/~~~

日本の小惑星探査機はやぶさ2が、地球から約1億キロも離れた小惑星トリフネのそばを、秒速5キロですれちがうことに成功したという。

なんとこの天文学的な偉業は「沖縄から北海道にある1円玉を射抜く」ような超難度の高いミッションだったと聞く。

と記事には綴られていた。

人類の壮大な無限の夢

人間の手が届かない、想像もできない1億キロ彼方の暗闇で、日本から送られた指令を受け、狙い通りに小惑星へ接近し、その姿を捉えた。

もうまさに未知との遭遇だ(@^^)/~~~

もちろん、これは、探査機だけの力ではない。

何年にもわたり軌道を計算し、機器を見守り、あらゆる事態を想定してきた研究者や技術者たちの努力があってこその成功だ。

その裏には、数え切れないほどの計算と確認、緊張と努力の積み重さねがあったのだ。

はやぶさ2は、2014年に打ち上げられた。

小惑星リュウグウへ向かい、岩石の採取という人類史に残る挑戦を成功させ、2020年には宇宙の貴重な試料を地球へ持ち帰った。

そして再び、

はやぶさ2は宇宙へ向った。

壮大なロマンだ(@^^)/~~~

新たな使命を与えられ、誰もいない宇宙を、今も黙々と飛び続けている。

今回接近した小惑星の名は「トリフネ」。

日本神話に登場する「天鳥船」に由来する名前らしい。。

神々を乗せて空を駆ける船。

その名を持つ小惑星のそばを、日本が作った探査機が走り抜けていく。

科学の最先端でありながら、どこか神話のような美しさを感じるのはみつまめだけではないはずだ。

昔の人々は、夜空を見上げ、星々に願いや夢を描いたに違いない。

そして現代の私たちは、その遠い星の世界へ本当に探査機を送り、姿を確かめ、成り立ちを調べている。

かつて夢でしかなかったことを、人類は少しずつ実現させている。

凄すぎる(@^^)/~~~

はやぶさ2の旅は、まだまだ続く。

けっして終わりではない。

次なる目的地は、小惑星「1998 KY26」。

2031年の到着を目指し、これからも長い宇宙の旅を続けるという。

その頃、打ち上げからは17年近くがたっていることになる。

私たちの暮らしが変わり、子どもたちが成長し、社会が大きく動いていく間も、はやぶさ2は暗く冷たい宇宙を今もなお、飛び続けている。

広い宇宙の中で、その小さな探査機は、日本の技術と人類の知恵、そして未知の世界を知りたいという大きな夢が詰まっている。

宇宙の果てはあるのかどうか

宇宙の誕生ビックバンは本当にあったのか

地球はどのようにして生まれたのか。

生命、種の起源はどう理解すればいいのか

宇宙の果てはあるのか

無限の宇宙とはどう考えればいいのか

本当に人類のなぞだ・・・

その答えを求める探求心こそ、人類をここまで進ませてきた原動力だろう。

沖縄から北海道の1円玉を射抜くような挑戦。

日本の技術者たちは、その途方もない難題を見事に成功させた。

はやぶさ2は、私たちに夢を与えてくれる。

目標がどれほど遠くても。

困難がどれほど大きくても。

知恵を集め、努力を重ね、諦めずに進めば、人類は未知の世界へ近づくことができる。

はやぶさ2よ、どうか無事にミッションを終えてと願うばかりだ。

みつまめが生きている間に、まだ見たことのない宇宙の景色を、地球へ届けてほしいと願う。

★人類、壮大な宇宙への夢は永遠に続く(@^^)/~~~

296回 秘みつのまめ園~毎日が筋肉痛~佐藤二郎が語った全真相、その通りだ!

こんにちは管理人のみつまめです。

俳優、佐藤二郎の橋本愛への「ハラスメント」報道が世間を賑わせている。

ご本人が語る独占100分「全真相」記事が綴られた本日発売の週刊新潮を早速読んでみた。

もちろん真実は2人の間でしかわからないが、画面から見る佐藤二郎の印象からは悪意を持った行為では決してない、という印象をみつまめは感じた。

おそらく佐藤氏は主役ということもあり、ドラマ撮影が円滑に進み出演者全員が楽しく演じることができるよう気を使っていたことは間違いないのだろう。

今回、撮影の流れの中で、自然に彼女(橋本愛)の顎に自分の片方の手の指が触れてしまいましたと、佐藤氏は語っている。

文春の報道概要によると橋本愛は10年ほど前に共演者からハラスメント被害を受けた時の心の傷が原因で、相手役との心身的な接触を伴う演技が慎重になっていたという。

はぁ~「触れた」だけで社会的制裁? 疑惑だけが一人歩きする危うさ

あ~怖い怖い、この一瞬触れたことを根に持っていた、これがもし事実だとすれば、今後、女優は続けられないだろう。

佐藤二郎はもちろん橋本愛の過去の事は知る余地もない。

最近の「週刊文春」には危うさを感じるのはみつまめだけだろうか。

要は、文春は事実を捻じ曲げ、それが真実であるよう世間の目を間違った方向に誘導する傾向がある。

個を歪める嘘の報道は決して許されない。

もうそういうやり方の報道はやめましょうよ・・・と言いたい。

人の不幸は蜜の味とよく言うが、間違った報道による攻撃はNGだ。

今はSNSの時代。

良くも悪くも一瞬で情報が拡散される。

そして世間は、「事実かどうか」よりも「炎上するかどうか」で判断を始める。

なんとも恐ろしい時代になってしまった。

今回の佐藤二郎さんを巡る報道でも、本人は一貫して内容を否定し、「完全に創作」「嘘はやめて下さい」と公に発信している。さらに、今回、取材にも応じ、自らの認識を詳しく説明している。

もちろん、当事者間で受け止め方が違う可能性はある。本当の経緯は、当事者しかわからない。

疑惑が報じられただけで仕事や信用を失う。

この記事を読み終わり、あ~女性って怖いな~っていう印象を受けた、もちろん世の女性全員がそうではない。

相手が悪かったでは済まされないが、いずれ佐藤二郎の潔白は証明されるだろう。

演技派、佐藤二郎の次の作品を観たいからね(@^^)/~~~

がんばれ~佐藤二郎、応援しているからね。

★真実はひとつしかないからね!

295回 秘みつのまめ園~毎日が筋肉痛~令和4年7月8日、あの日を決して忘れてはいけない!

こんにちは管理人のみつまめです。

安倍晋三元首相が暗殺された日だ。

昨日の産経新聞朝刊には、「何もない暗殺現場」、そして「事件の記憶は風化する」記事が綴られていた。

記事を読み、みつまめが感じたありのままを綴ってみた。

令和4年7月8日。

この日付を見て、胸が締めつけられる人は少なくないだろう。

奈良市の近鉄大和西大寺駅北口。

いつもと変わらない駅前で、多くの人が行き交うその場所で、日本中を震撼させる凶行が起きた。

街頭演説中だった安倍晋三元首相が、突然の銃撃を受け、そのまま帰らぬ人となった。

みつまめは今でもあの繰り返し繰り返し流される映像を忘れはしない。

日本中、いや世界中の人たちがテレビにくぎ付けになったに違いない。

え、、、、なぜ、、、、うそでしょ、、、ほんと、、、

「まさか日本で…」

衝撃の瞬間だった。

暴力で言論が封じられる。

民主主義国家では決してあってはならない出来事だった。

記事にはこう綴られている。

「事件現場近くの歩道には梅雨空の下、花壇に植えられたマリーゴールドやヒャクニチソウなどの花々がぬれていた。衆人環視の中で起きた惨劇を示す痕跡は今、何もない。

マリーゴールドの花言葉は「変わらぬ愛」「悲しみ」。

ヒャクニチソウは「遠い友を思う」。

慰霊碑でなくとも事件を伝える銘板でもいい。大事件の痕跡を何も残さないことは歴史を軽視する行為にほかならない」

と締めくくられている。

同感だ。

みつまめは、なぜこの事故跡地になにも残さないのかがどうしても理解できない。

初めてその場所を訪れた人は、ここで日本の歴史を変えた事件が起きたことさえ知ることなく、あたりまえに通り過ぎてしまうことだろう。

ほんとうにそれでいいのだろうか、心寂しい。

世界には、悲劇を忘れないために残された場所が数多くあると聞く。

ジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件の現場。

アメリカ同時多発テロ事件の跡地。

国内でも、大規模災害や事故の現場には慰霊碑や説明板が設けられ、悲劇を語り継ぐ努力が続けられている。

それは、犠牲者を弔い思うこと。

そして「二度と繰り返さない。」

その決意を形にすることが大切だと思う。

「ここで令和4年7月8日、安倍晋三元首相が銃撃され亡くなった。」

その一文があるだけで、この場所は歴史を語り継ぐ場所になる。

記事にはこうも綴られている。

「高市早苗首相も先日訪れたオーストラリアの首都キャンベラにある「奈良平和公園」には、豪政府などが建立した安倍氏の慰霊碑があるという。

しかし奈良市には公的な慰霊碑は何もない。ただ現場から東に約5キロ離れた霊苑には有志による「留魂碑」がある。やはり現場に何かしらの痕跡がなければ、記憶は風化する」と、、、

この背景にはやはり政治的な闇が隠されているとしか思えてならない。

一体その闇は、誰が糸を引いているのか。

謎は残ったままだ。

★6月8日、長野県阿南町内に銅像が建立されたよ。

参考資料:「月刊正論」8月号

294回 秘みつのまめ園~毎日が筋肉痛~辺野古転覆事件、引率教員、死亡生徒の顔知らず

こんにちは管理人のみつまめです。

幾度となく知華さんが亡くなった事件について、みつまめの思いを綴らせていただいている中、今朝の産経新聞トップ記事は、またも胸が締めつけられるほど、遺族の方にとって辛い記事だった。

今年3月に起きた辺野古沖での転覆事件。

未来ある高校生が命を落とした、あまりにも痛ましい事故、みつまめは事件だと言い続けている。

6日、明らかになった事実は、その悲劇にさらに深い悲しみと怒りを重ねるものだった。

なんと、その記事の内容は

引率していた教員が、亡くなった知華さんの顔を知らず、身元確認ができなかった。

この一文を読んだ瞬間、思わず新聞を持つ手が止まった。

えっ「そんなことが、本当にあるのか。」

信じたくはないがそれがありのままの杜撰な引率教員の姿だ。

保護者は、大切な我が子を、信じて学校に預ける。

それは「学校なら安心だ」という信頼があるからだ。

だからこそ校外学習や宿泊行事でも、「先生が一緒だから大丈夫」と送り出せる。

ところが、知華さんを乗せた救急車に同乗した引率の女性教員は、目の前にいる生徒が誰なのか分からなかったという現実。

いったい何のための引率だったのか。

何回でもいう、この大きな責任を学校側はどう責任をとるのか、未だ学校側は目に見える責任を取っていない。

記事にはご遺族の方の証言も綴られている。

胸に突き刺ささる言葉だ。

知華さんの母親は、

「引率教員は救急車に乗っても保護者の私たちに連絡をしてこなかった。知華の顔も分からなかったため身元確認ができず、死亡確認すらずっと待たされるなんて・・・」と言葉を詰まらされつつ振り返った。」と、、

わが子の安否も分からず、ただ待ち続けるしかない時間。

もし自分の子供だったら。

そう考えただけで胸が破裂しそうになる。

もちろん事故は誰にも予測できない。

しかし、その後の対応は、人がつくるものだ。

児童・生徒の顔と名前が一致していること。

緊急時には誰が保護者へ連絡するのか、決まっていること。

命を預かる者として最低限の備えがあるはずだ。

それは特別なことではなく、あたりまえの基本中の基本、安全管理の出発点だ。

今回の事故で問われているのは、船の安全だけではない。

起こるべきして起こった事件だ。

子どもを預かるという責任を、全うできていなかった為に起こった事件だ。

「想定外でした。」

「事故だったから。」

そんなありきたりな言葉の弁明はいらない。

知華さんは二度と帰ってこない。

この事件の責任は大きい。

だからこそ、この事故を絶対に風化させてはいけない。

学校は、なぜこのような事態になったのかを徹底的に検証し、包み隠さず説明する責任がある。

まだまだ何か隠された闇の真実があるように思えてならない。

そして、二度と同じ悲劇を繰り返さないための再発防止策を、一つひとつ形にしていかなければならない。

子どもの命は、何よりも重い。

その当たり前のことを、教育現場にはもう一度、いや繰り返し繰り返し真剣に考えなければいけない。

保護者が安心して「行っておいで」と送り出せる学校であってほしい。

知華さんの尊い命を決して無駄にしない、私たち大人の責任であることは間違いない。

1日も早く事件に関係した学校・校長・教員・団体・平和丸船長らの責任の所在が明らかになることを願う。

合掌。

293回 秘みつのまめ園~毎日が筋肉痛~Netflix「ガス人間」最高の作品に出会った(@^^)/~~~

こんにちは管理人のみつまめです。

今日は、少し趣向を変え、今、みつまめがお薦めするNetflixが生んだ最高のドラマをご紹介するね(@^^)/~~~

主演に小栗旬・蒼井優、ガス人間をUTAが演じている。そして主役級の俳優陣が脇を固めた超大作「ガス人間」もう観ないと云う選択肢はないほどの作品8話を一気観した(@^^)/

はっきり言うよ。

これは、観ないともったいない。

脇役を固める俳優には竹野内豊・広瀬すず・賀来賢人・中野英雄・夏川結衣・ピエール瀧ほか豪華俳優たちが最高の作品に仕上げている。

実に演技派揃いの観応えのある作品だ。

なにやらNetflixと東宝の初のコラボレーション作品のようだ。

ジャンルはSF・スリラー・犯罪ドラマ(復讐そして愛)をテーマにした作品。

あらすじはあえて言わないよ~(;^_^A

とにもかくにも一刻も早く観て欲しいからね(@^^)/~~~

でも一言だけ「特殊な映像によるガス人間の姿には、おそれいった(@^^)/~~~」

最先端の映像技術がここまできたかと言うほど、観る者を楽しませてくれる。

地上波では到底放送できないであろう残酷さ、息苦しいほどの緊張感、そして先の読めない展開。

ぬるいドラマに慣れてしまった人ほど、この作品の重さにガツンとやられること間違いなしだ。

ただ恐ろしく怖く残酷なだけではない。

人間の弱さ、愛情、執着、狂気、そして正義の危うさまで、これでもかというほど突きつけてくる。

気づけば、画面から目が離せなくなる。

そして、この作品の中で流れるサザンオールスターズの「いとしのエリー」

これがまたいい。

たまらく切ない思いを思い出させてくれる。

美しく、、そして切なくて、どこか不穏で。

残酷な物語の中に、あの名曲が流れることで、ただのサスペンスでは終わらない深みが生まれくる。

話を重ねていくに連れ、憎しみと愛が交差し、じわりじわりと作品に味が出てくる。

一度観始めたら、もう止まらない(@^^)/~~~

「次はどうなる?」
「この人は何を隠している?」
「最後はどこに向かうんだ?」

そんな気持ちが止まらなくなり、気づけば一気観。

Netflixに入っているのに、まだ観ていない人。

それ、かなりもったいない。

少し刺激は強め。

残酷な描写が苦手な方には、正直おすすめしにくい部分も確かにあることはある。

でも、重厚なサスペンスが好きな人、映画のようなドラマを求めている人、そしていい作品に出会いたい人には、間違いなく刺さるはずだ。

これは単なる話題作ではない。

観終わったあと、しばらく余韻が残る作品だった。

その余韻は、最初の恐怖感ではなく愛の深さに思わず涙する最高傑作だ。

久しぶりに「いいものを観た」実感が湧いた作品だった。

Netflixを開いたら、

「ガス人間」

これは、大いに観る価値ありだ(@^^)/~~~。

★1960年に東宝から公開された映画もみたいよね(@^^)/~~~

292回 秘みつのまめ園~毎日が筋肉痛~「ホワイトハラスメント」知らなかった(;^_^A

こんにちは管理人のみつまめです。 

先週末3日(金曜日)の、これまた産経新聞朝刊に~「ホワハラ経験」7割転職希望~(部下への過剰配慮 、成長機会奪う)という記事に目が留まった。

意味はこう書かれている。

企業で上司が部下の負担に過剰に配慮した結果、成長機会を奪ってしまうことが「ホワイトハラスメント」として認識され始めているという内容だ。

なんと中途採用の社員の14%がホワハラを経験したことがあるとの調査結果もあるようだ(;^_^A

その内容は

・自分で解決しないといけない仕事や問題を、先輩が先回りして全て行ってしまう

・責任ある仕事を一切任せてもらえず、「残業は厳禁だから早く帰って」と毎日促されることにむなしさを感じる

・仕事が途中なのに定時だから帰ってと言われた

等々だ(;^_^A

時代は大きく変わったと感じるみつまめ。

今日は、今の時代の~ハラスメント~をこれまたみつまめの独自目線で考えてみた。

「ホワイハラスメント」の時代に、上司は何を育てればいいのか

先に綴った3つの例のほかにも

「なぜそうしたの?」
「どうしてこの方法を選んだの?」

上司が部下に理由を尋ねること自体が、プレッシャーや精神的負担になるケースがあるという考え方だ。

もちろん、みつまめはそのような質問はしない。

威圧的な口調や人格を否定するような叱責は、今の時代論外である。

昔は違っていたけどね(;^_^A

「聞かない上司」が増える危険性、裏を返せば無関心上司が増えるだけだ(;^_^A

近年、〇〇ハラスメントという言葉は次々と生まれている。

パワハラ、セクハラ、マタハラ、カスハラ、スメハラ

時代の流れと共に、社会が人権意識を高めてきた証拠だ。

その一方で、上司側にはこんな心理も広がり始めている。

「注意するとハラスメントと言われるかもしれない。」
「理由を聞くだけで問題になるのではないか。」
「評価を伝えるのも怖い。」

結果として、何も言わない、言えない(;^_^A。

これでは部下は成長の機会を失ってしまう。

成長は「問いかけ」そして対話から始まる

人は失敗から学ぶ。

そして、その失敗のたびに「なぜそうなったのか」を考えることだ。

家庭でもそうだ。

学校でもそうだ。

スポーツでもそうだ。

職場・仕事でも同じだ。

「なぜ失敗したのか。」
「どう改善すればよかったのか。」

この問いがあるから次に生かせる。

もし「なぜ?」という問いかけ自体が敬遠される社会になれば、自ら考える力は育ちにくくなる。

企業にとって、それは決して小さな問題ではない。

まちがいなく過剰配慮が企業の未来を弱くするだろう。

企業が求めるのは、自ら考え、判断し、改善できる人財だ。

今、指示待ち人間が増えているようにも聞く

やはり主体的に動くことが大事だ。

しかし、上司が部下に必要な指導まで遠慮するようになれば、育成は表面的なものになってしまうだろう。

部下も「誰も教えてくれなかった」となり、上司も「言えなかった」となる。

これでは本末転倒で誰も得をしない。

短期的には衝突を避けられても、長期的には会社全体の競争力を失う可能性もある得る。

ハラスメント対策と人材育成は両立できる

だからといって、「昔の厳しい指導に戻ればいい」という話ではない。

昔の根性論は今は通用しない。

大切なのは、人格を否定することではなく、行動について対話することである。

「君はダメだ。」ではなく、「この判断に至った理由を教えてくれる?」・「これってどう思う?」

この違いは非常に大きい。

問いかける目的は責めることではなく、一緒に改善策を考えることにある。

その姿勢が伝われば、「なぜ?」という言葉も、成長のためのコミュニケーションになり得る。

想定外のハラスメントは、これからも増えるのか

時代は変わる。

価値観も変わる。

もちろん人によって考えは違う。

自分と同じ考えの人間はいない。

その中で、新しいハラスメントの概念が今後も生まれる可能性は十分あるだろう。

ただ、そのたびに職場が萎縮し、「何も言えない」「何も聞けない」という空気になってしまえば、本来の目的である働きやすい職場づくりとは逆方向へ進んでしまう。

ハラスメント対策とは、誰もが安心して働ける環境をつくるためのものであり、必要な指導や建設的な対話まで封じることではないはずだ。

上司も部下も、お互いを尊重しながら率直に話し合える職場。

そのバランスを見失わないことこそ、これからの企業に求められる姿勢だろう。

「何も言えない職場」は、本当に優しい職場なのか。

いや違う。

何も言えないのではなく、言葉の言い回しだ。

大事なのは日頃のコミュニケーションだ。

そのコミュニケーションという土台があれば、何もかもがうまくいく(@^^)/~~~

ホワイハラスメントという新しい言葉が注目される今だからこそ、その問いについて、今、一人ひとりが考えてみる必要があるように感じた記事だった。

あ~こわいこわい(;^_^A

★本音で向き合うことが必要だよね(@^^)/~~~

291回 秘みつのまめ園~毎日が筋肉痛~野党、ボーナス支給されたのに何たるザマだ・・・

こんにちは管理人のみつまめです。

288回のブログでも国民民主党の~「対決より解決」~嘘だった・・・事を中心にお届けした。

そして昨日の産経新聞朝刊記事に、もっとも納得ができる記事が掲載されていたので、皆さんにも共有し、みつまめ独自の目線で今回も綴っていくね(@^^)/~~~

「審議拒否も仕事?」~国民はもう政治パフォーマンスを見抜いている~

ニュースを見るたびに値上げ。

レジを通るたびに「また値上げ」。

会社のランチ後には必ず寄るドトールが、なんと今月23日からブレンドSも280円から300円に値上がりするという話題にもがっかりする、みつまめ。

この毎日の20円でも、あとあと、こずかいに大きく影響するからね(@^^)/~~~

家計簿とにらめっこしながら、少しでも節約しようと頑張っているのが今の日本の姿だ。

そんな国民の姿を横目に、今、永田町では何が行われているかというと、国会での「審議拒否」だ。

7月17日の会期末まで残り2週間だ。

一向に好転の兆しがみえない。

まるで子どものケンカで「もう審議・議論できないよって!」と言って教室を飛び出していくような国民をバカにした野党の姿がやけに目立つ。

もちろん、法案に反対する権利はある。

納得できなければ徹底的に反論すればいい。

政府を追及するのが野党の重要な役目だ。

しかし、それは議場でやるから意味があるのではないか。

議論をしない。

質問もしない。

採決にも向き合わない。

これでは政治ではなく、「欠席」という意思表示だけが残る逃げの手だ。

記事にはこう書かれている。

今回、自民党と日本維新の会が衆議院議員定数削減法案や「副首都」構想関連法案の審議入りを進めたことに反発し、中道改革連合、国民民主党、参政党、チームみらい、共産党の野党5党が審議に応じない状況が続いています。

しかも、6月30日には国会議員へ約319万円のボーナスが支給されました。

野党は「夏休み」を切り上げよ

と、、、、

法律に基づく支給であり、それ自体には文句は言わない。

ただ、それは国民のために政治をしてくれていることが前提だ。

「私たち国民は物価高で苦しみながら働いているのに、野党5党は仕事もせず319万円のボーナスは、自分の懐にいれている。」

完全に考え、行動が麻痺している。

政治家がよく口にする言葉に

「国民のために。」

特に国民民主党のスローガンであった「対決より解決」は、この行動により完全に嘘だったことがバレてしまった。

要は化けの皮が剥がれた瞬間だ。

あきれた玉木代表と榛葉幹事長だった(;^_^A

空転国会などせず、何故堂々と国会の場で徹底した議論をなぜしないのか。

強い疑問を呈したい。

「審議拒否」というカードは、使えば使うほど国民の共感を失う。

そんな時代に入ったことを、この野党の5党は完全に見失った。

中道改革連盟・国民民主党・参政党・チーム未来・共産党の5党はもうダメだ(;^_^A

最後に、一言だけ。

野党議員我々の税金を一刻も早く返せ

それは、みつまめだけではなく、多くの納税者の皆さんの率直な思いではないのだろうか。

★もうこの5党は、もう「だめだこりゃ」(;^_^A

290回 秘みつのまめ園~毎日が筋肉痛~火のない所に煙は立たない!

こんにちは管理人のみつまめです。

「火のない所に煙は立たない」~学校の危機管理は、そんなに甘くていいのか~

昔から語り継がれてきたこのことわざは、ほんとによくできている。

その通りだ。

重大な事故には、必ずその前に小さな異変や油断、ルール違反が積み重なっているという戒めでもある。

今回、東京都内の小学校で発生した火災。

校舎から黒煙が立ち上り、児童たちは屋外へ避難。校舎外のひさしへ一時避難する場面もあり、現場は一時騒然となった火災。

幸い最悪の結果には至らなかったことに安堵した。

しかし、「助かったからよかった」で終わらせていい話ではないはずだ。

報道によりこの火災の原因が少しずつ全貌がみえてきた。出火元とみられる音楽準備室には私物とみられる電気ストーブやサーキュレーターを40代女性教員が持ち込み、燃えた衣類やハンガーも見つかっているという。

警視庁は、私物の洗濯物を乾かしていた可能性も含め、失火の疑いで慎重に調査を進めている。

まだ出火原因は断定されていない。

しかしおそらくそうであろう。

疑う余地なしだ。

だからこそ、今問われるべきなのは、「もし報道どおりの管理実態があったとすれば、それは学校として許されるのか」という一点だ。

「これくらい大丈夫」が事故を生む

大事故は、ある日突然起きるわけではない。

「少しだけ使おう。」

「今日だけなら問題ない。」

「誰にも迷惑をかけない。」

そんな小さな気の緩みが積み重なり、最後に事故という形で必ず爆発する。

火は使い方によって大化けする怖さをもっている。

容赦なく燃え広がる。

だから消防法があり、学校には安全管理マニュアル(ルール)があるはずだ。

人を縛るためではなく、命を守るためにルールは存在する。

教師だから許される?

もし私物の電気製品を持ち込み、校内で私的な目的に使用していたとしたら・・・。

一般企業ならありえないだろう。

会社の備品置き場で私物の洗濯物を乾かし、火災を起こしたとなれば、厳しい責任を問われること間違いなしだ。

では、学校なら許されるのか?。

答えは「ノー」だ。

むしろ学校は、子どもたちにルールを教える場所。

その大人がルールを軽く考えていたとすれば、教育そのものの説得力が失われる。

学校は「安全神話」に甘えていないか

最近、あまりにも学校を巡る事故やトラブルが後を絶たない。

プール事故。

校外学習中の事故。

置き去り事故。

偽りの平和教育の先に起きた事故。

そして今回の火災。

そのたびに聞こえてくるのは、

「想定外でした。」

「前例がありませんでした。」

「まさか起きるとは思わなかった。」

しかし、本当にそうだろうか。

危機管理とは、「まさか」を想定する事ではないのだろうか。

「まさか」を想定しない組織に、危機管理を名乗る資格はない。

そして「火のない所に煙は立たない」

今回の火災も、最終的な原因は捜査結果を待つ必要があるが、これだけは言える。

学校という場所で、危険につながる可能性のある行為が日常化していたのであれば、それは組織全体の管理体制にも目を向けるべき問題だ。

一人の気の緩みで、多くの子どもの命が危険にさらされることになる。

そんな環境に、教育現場はあってはならない。

事故は偶然ではなく、「防げたはずの必然」であることが少なくない。

子どもたちが安心して学べる学校であるために。

今回の火災を「運が悪かった」の一言で片づけるのではなく、安全管理を根本から見直す契機にしなければ、同じ悲劇は、またどこかで繰り返されるだろう。

★事件・事故には必ず原因があるからね(;^_^A

289回 秘みつのまめ園~毎日が筋肉痛~また防げた悲しい事故が起こってしまった。

こんにちは管理人のみつまめです。

今日の報道で知った。

まだ警察は調査中のようだが、今回の事故も学校の管理体制が問われることになるだろう。

「また防げた命ではなかったのか」学校の危機管理は機能していたのか

またしても、防げたかもしれない悲劇が起きてしまった。

石川県小松市の特別支援学校で、小学5年生の男子児童が授業中に行方不明となり、その後、学校近くの滝つぼで発見された。未来ある幼い命が突然失われた現実に、言葉を失う。

学校は「命を預かる場所」である。

勉強を教えることも大切だが、それ以前に子どもを無事に保護者のもとへ帰すことが学校の最大の責務ではないだろうか。

保護者は学校を信じて送り出している。

「学校にいるから大丈夫。」

その信頼は、一瞬で崩れ去ってしまった。

報道では、男子児童は教室を離れ、校舎裏の非常口から外へ出た可能性があるとされ、学校側も安全対策が十分ではなかったとの認識を示している。一方で、事故の詳しい経緯や原因については現在も調査が続いている。

しかし、だからこそ問わなければならない。

危険を想定した危機管理は、本当に機能していたのか。

特別支援学校では、一人ひとりの特性に応じた見守りが求められる。

「少しくらい目を離しても大丈夫。」

そんな油断が少しでもあったのなら、それは命に直結する重大な問題である。

教室を離れたことを、なぜすぐ把握できなかったのか。

非常口からなぜ校外へ出られる環境になっていたのか。

学校周辺に危険箇所があることを前提とした安全対策は十分だったのか。

保護者が知りたいのは言い訳ではない。

「何が起きたのか。」

「なぜ防げなかったのか。」

そして、

「二度と同じ事故を起こさないために何を変えるのか。」

その答えである。

事故が起きるたびに「再発防止に努めます」という言葉が繰り返される。

だが、その言葉だけで救われる命は一つもない。

本当に必要なのは、事故が起きる前に危険を見つけ、行動に移す危機管理である。

亡くなった男の子の命は、もう戻らない。

だからこそ、この事故を単なる「不幸な出来事」で終わらせてはならない。

学校には徹底した検証と説明責任が求められる。そして行政を含め、全国すべての学校が今回の事故を自分たちの問題として受け止め、安全管理を根本から見直すべきではないか。

子どもの命に「想定外」という言葉は許されない。

未来ある子どもたちを守るために、学校は「大丈夫だったはず」という甘い危機管理から決別しなければならない。

それが、この悲劇によって私たちに突き付けられた最も重い課題だ。

★子供からは絶対に目を離してはいけない!

288回 秘みつのまめ園~毎日が筋肉痛~どうした国民民主党、「対決より解決は」うそだったのか(;^_^A

こんにちは管理人のみつまめです。

今朝の日経新聞記事をみて、「国民民主党、おまえもか」と絶望の気持ちになった(;^_^A

完全に共産党の仲間に入ってしまった感を持つのはみつまめだけだろうか?

玉木代表の詰めの甘さは有名だが信頼・信用していた榛葉幹事長がいながら何たるざまかと耳を疑った記事だった。

地に落ちた「国民民主党」

みつまめが勝手に思う、地に落ちた「国民民主党」の姿を今一度考えてみた(;^_^A

「対決より解決」は看板に偽りありだったのか~国民民主党が自ら失った信頼~

国民民主党を象徴するこの言葉に、実はみつまめは少なからず期待を寄せていた。

「もっと手取りを増やす」をスローガンで分かりやすい政策を訴えてくれていたからだ。

昨年は「年収103万円の壁の見直しや、ガソリン暫定税率廃止などを強く訴え、分かりやすい政策を前面に掲げてきた。」

この実績は国民全員が評価したにちがいない。

榛葉幹事長の多くのメッセージはみつまめの心に刺さり保守現実派だと思っていたほどだ(;^_^A

国会の議論・答弁を聞いていても、与党に対して是々非々で臨み、反対するための反対ではなく、国民生活のために現実的な答えを導き出す。そんな新しい政治を目指す榛葉幹事長だと信じていたからだ。

しかし、その期待は見事に裏切られた。

国旗損壊罪に関する法案を自ら与党と共同提出しながら、本会議を欠席するという対応である。

え、まさかなぜ?

何たるザマか・・

自ら墓穴を掘ってしまった(;^_^A

報道によれば、6月26日に与党が定数削減法案の審議入りを強行したことへの抗議として、その後の日程協議に応じていないという。

え、それだけで?、国会を欠席する理由になるのだろうか。それも共産党、社民党と同調するの?したの!。

国民の皆さんは「議論を放棄する政治家」に一票を投じたわけではない。

どれほど与党に不満があろうと、議場で論戦を挑み、自らの主張を国民に示すことこそが政治家の責務ではないのか。

国会は一日運営するだけでも約3億円の税金が使われるといわれる。

その議場を空席にし、議論の場から姿を消す。

これが「解決」の政治だというなら、われわれ国民は何を信じればいいのだろう。

しかし、今回の行動は、その期待を自ら裏切る結果になったと言わざるを得ない。

どれだけ立派な言葉を並べても、行動が伴わなければ、それは単なるキャッチコピーにすぎない。

政治家を評価するのは言葉ではない。

国民目線での行動だ。

そして、玉木代表にも厳しい言葉を送らざるを得ない。

「改革中道」「政策本位」「現実路線」。

その看板を掲げるのであれば、最後まで議場で戦うべきだった。

欠席という手段を選んだ瞬間、国民民主党は、自ら従来型の野党政治へと近づいてしまったように映る。

「野党だから反対する。」

「気に入らないから欠席する。」

そうした政治との決別を期待していた有権者にとって、今回の対応は落胆以外の何物でもない。

看板に掲げた理念と実際の行動が一致しなければ、有権者の信頼は一気に崩れる。

信頼は築くのに何年もかかる。

だが、失うのは一日で十分だ。

もちろん、国会運営の在り方や与党の対応についても議論はあるだろう。

しかし、それと議論の場そのものを離れることは別問題だ。

今回の出来事で、国民民主党は「言葉」と「行動」の重みを改めて問われることになった。

政治はスローガンで評価される時代ではない。

有権者は冷静に見ている。

掲げた理念を本当に貫くのか。

それとも、都合のよい時だけ使う看板だったのか。

その答えは、今回の行動が示してしまったように、みつまめには映ってしまった。

もし国民民主党が再び国民の信頼を取り戻したいのであれば、必要なのは新しいキャッチフレーズではない。

どんな局面でも議論から逃げず、国会という責任の場で結果を示すことだ。

高市首相、今国会は7月17日に会期末を迎えるが、皇室典範改正案・定数削減案・副首都法案等、多くの議論が積み残しだ。

報道にある国会60日間延長論浮上を必ず実現し、働いて働いて働いて働いて働き、野党全党欠席など無視し、審議を強行すればいいことだ。

「対決より解決」を信じたみつまめは、バカだったのか?

おそらく国民民主党・参政党はさらに支持率が大きく下げることになるだろう・・・!

★嘘は、必ずばれるからね(;^_^A